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大阪高等裁判所 昭和43年(ラ)203号 決定

抗告人 大沢清一(仮名) 外三名

相手方 大沢照夫(仮名)

主文

原審判を取消す。

本件を神戸家庭裁判所に差戻す。

理由

抗告人らは、主文同旨の裁判を求め、抗告理由として別紙のとおり主張する。

そこで考えるに、原審判は、本件においては遺留分減殺請求の目的となつた遺贈物件以外に遺産がなく、結局抗告人らの主張する遺留分減殺請求の成否および範囲(額)の確定と引渡のみが争いの対象であり、かかる場合、右紛争は訴訟事項で家庭裁判所の審判権に属さないから、本件について審判することができないとして、申立を却下したものである。

しかし、本件申立は、遺留分減殺請求の成否およびその範囲(減殺額)の終局的確定を求めるものではなく、抗告人らが遺留分減殺請求権を行使した結果、原審判添付目録記載の不動産が相続財産に帰属したものとし、相手方をも含めた相続人の間での遺産分割を求めるというのである。そして、民法九〇七条二項、家事審判法九条一項、乙類一〇号によれば、遺産分割について相続人間に協議が調わない場合には専ら家庭裁判所が審判によつてこれを行なうものと定められているのであるから、家庭裁判所は自ら遺産の範囲を確定して分割の審判をなすべき責務があるものというべきである。遺留分に基づく減殺請求の効力等に争いがある場合に、家庭裁判所がその効力を終局的に確定する裁判をする権限を有しないとの理由で、遺産分割の審判を拒みうるものではなく、右争いについてすでに民事訴訟が係属している場合にあつても、これとは別個に遺留分減殺請求の効力等について独自の判断を行ない、分割すべき遺産の範囲を確定したうえ分割の審判をなすべきものと解するのが相当である。このことは遺留分減殺請求の目的となつた遺贈物件以外に遺産がない場合においても別異に解すべき理由はない。

よつて、本件申立につき、これを却下した原審判は不当であるから、これを取消したうえ本件を原裁判所に差戻すこととする。

(裁判長裁判官 前田覚郎 裁判官 黒川正昭 金田育三)

参考 原審(神戸家裁 昭四三・六・一〇審判)

申立人 大沢清一(仮名) 外三名

相手方 大沢照夫(仮名)

被相続人亡 大沢光夫(仮名)

主文

申立人らの申立を却下する。

理由

申立人らは「被相続人(亡)大沢光夫の遺産である別紙目録記載の土地の分割を求める」旨申し立て、申立の実情として

一、「被相続人大沢光夫は昭和三二年一二月七日死亡し、別紙目録記載の土地がその遺産である。相続人は、二女の申立人畑野道子、三女の申立人松永宏子、四男の相手方大沢照夫と長男(亡)大沢洋の代襲者である申立人大沢清一、同大沢治夫の計五名で、相続分は申立人畑野道子、同松永宏子および相手方大沢照夫が各四分の一宛、申立人大沢清一、同大沢治夫が各八分の一宛である。

二、そこで申立人畑野道子は、昭和三三年三月一七日他の四名を相手方として、神戸家庭裁判所に同年(家イ)第一二五号遺産分割調停事件を申し立てたところ、相手方大沢照夫が神戸地方法務局所属公証人栗岡善一郎作成第三二八八号遺言公正証書により「遺言者大沢光夫所有にかかる不動産、動産等遺産全部を大沢照夫に遺贈」された旨を主張したので、申立人ら四名は昭和三三年七月一八日の調停期日又はそれまでの調停期日において、相手方大沢照夫に対し、遺留分の減殺請求をした。その結果被相続人(亡)大沢光夫の相手方大沢照夫に対する上記遺贈のうち、申立人ら四名の遺留分該当部分が取り消され、取り消された部分の所有権が申立人ら四名に移転した。そのため、別紙目録記載の土地は、いずれも申立人ら四名と相手方との共有になつた。

そして相手方が善処を約したので申立人畑野道子は昭和三三年九月四日上記調停を取り下げた。

三、しかし相手方は一向に善処しないので、申立人畑野道子、同松永宏子は、昭和三八年一二月二七日神戸家庭裁判所に遺産に関する紛争の調停を申し立てたが、これも昭和三九年六月二三日不成立となつた。その後相手方は遺言執行者の選任を求め、遺言執行者村上美津子は別紙目録記載の土地につき神戸地方法務局昭和三九年八月六日受付一五三八七号をもつて昭和三二年一二月七日付遺贈を登記原因とする相手方への所有権移転登記手続を了し、現在別紙目録記載の土地の所有名義人は相手方になつている。そこで申立人畑野道子、同松永宏子は相手方を被告として神戸地方裁判所に昭和三九年(ワ)第一三二二号持分移転登記手続請求等事件を提起し、相手方に対し、遺留分減殺請求権行使の結果による持分の確認と持分の移転登記手続を求め、昭和四一年一一月一七日原告一部勝訴の判決があつた。その判決は申立人ら四名の減殺請求権の行使を認め、原告たる申立人畑野道子、同松永宏子両名が各々別紙目録記載一の土地のうち八六坪三合八勺および同目録記載二の土地につき各八分の一宛の持分を有することを確認するとともに、被告である相手方は上記両名に対し、昭和三三年七月一八日になした遺留分減殺を原因として各八分の一宛の持分移転登記手続をせよというものであつた。この判決が別紙目録記載一の土地については、そのうち八六坪三合八勺についてのみ申立人らの請求を認めるに過ぎなかつたのは、その余の部分は被相続人が生前第三者に売却済であると認定したことによるものである。この判決に対しては、当事者双方から大阪高等裁判所に控訴して現に係属中である。しかし申立人らが上記のような訴を起したのは、当時家庭裁判所が本件を遺産の分割として審判できないという態度をとつていたため、やむを得ず訴訟によつたのであるが、その後昭和四一年三月二日最高裁判所大法廷がした昭和三九年(ク)第一一四号特別抗告事件の決定により、家庭裁判所はこのような場合にも審判できるし、又審判すべきであることが明らかにされた。よつて申立人らは家庭裁判所による遺産の早期分割を求めるため本件申立に及んだ次第である」と述べた。

相手方は「本件申立を却下する。申立費用は申立人の負担とする」との審判を求め、答弁として「本件土地は遺贈により相手方の所有に帰したもので、遺産ではない。又相手方は係属中の訴訟において申立人らの遺留分減殺請求の効力を争つているものであるが、仮りに減殺請求がなされたとしてもそれは遺産分割でなく、財産の引渡請求である。しかもその場合でも相手方は民法一〇四一条により減殺を受けるべき限度における価額を提供して弁償する意思であつて、現物分割の意思は全くない。したがつて申立人らの本件申立は、家庭裁判所の審判の対象に属しない」と述べた。

(当裁判所の判断)

遺留分減殺請求の成否およびその範囲(減殺額)の確定は訴訟事項であつて、家庭裁判所がこれにつき判断できるのは、その結果が他の遺産の範囲およびその分割に影響する場合において、いわゆる前提問題として審判する必要がある場合に限られ、遺留分減殺請求の目的となつた遺贈物件以外に遺産がなく、遺留分減殺請求の成否および範囲(額)の確定と引渡のみが争いの対象である場合には純然たる訴訟事項であつて家庭裁判所の審判事項には属しないものと解すべきであり、このことは遺留分減殺請求権者が一人であると数名であるとによつて異なるものではない。そして本件においては、別紙目録記載の不動産以外には分割を求める遺産がなく、その不動産はすべて遺贈の対象になつているというのであるから、申立人らが主張する遺留分減殺請求権行使の結果による共有物の分割もしくは価額の確定およびその引渡は本来の訴訟事項であつて、それのみを独立して家庭裁判所が審判することはできないとしなければならない。よつて本件申立を却下することとし、主文のとおり審判する。(家事審判官 坂東治)

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